ヲサーンがコスしてカラオケとかw

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 ヲサーンがコスしてカラオケとかw

コスプレしてカラオケで歌っているヲサーンです。

焼肉を焼いてもらう人生と、焼くだけの人生。

おさっぴろ。

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焼肉は自分で焼くべきだろォ?

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レッツ焼肉コミュニケーション!
おさっぴろでぇす。


ワタクシ大人になってから、ずーっと焼肉を焼く方の人だ。
焼く方が居るわけだから、当然焼いてもらう方の人も居る。しかし自分で食べる分を自分で焼くならば、そもそもこんな話にはならない。

だが何らかの事情により、焼くだけの人と、焼いてもらうだけの人が出来る事がある。
ここではその事情は、会社の中の力関係と言えるだろう。そしてワタクシは前者の人だ。なんとも要領の悪い人生と自覚しているが書く。


歓迎会から焼いていた

最初は入社した後の歓迎会の時だ。

おそらくワタクシが入った会社はおかしかったのだろう。今日の主役であるはずの、ワタクシの前には肉皿があり、トングが置いてあった。

歓迎されるはずのワタクシが、これからよろしくお願いしますとか何とか言いながら、皆様が食う肉を焼き、それをふるまう。

さほど肉を焼いた経験も無く、焦げないかいちいち気にしなければいけない。しかも新人だからいろいろ質問もされるし、肉も気になるし、いやはやこれが社会なのか?と思った。


しかし控えめにみても、それが社会などのはずはなく、単に酷い会社だっただけだ。

いま思えば、そこに会社の環境が凝縮されていたような気がする。結局ワタクシは、その会社をすぐに辞めてしまった。



別の会社に行っても・・・

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その後も何社か移り、今の会社に落ち着いた。とはいえ中途入社だったから、自分より若い人が上司だった。

焼肉屋の食事で、そいつにも「お疲れ様です!」とかなんとか言いながら、肉を焼いた。やれやれまたしても肉を焼く側の人生か、とはじめてその時思ったものだ。

中途入社だからといって、ぺこぺこするのがイヤだった。しかし下っ端である以上仕方が無かった。


肉を焼くスキルが上がったw

こうして焼き続ける側で数年が経った。おかげでワタクシは肉を焼くのが格段に上手くなっていた。

肉をふるまうには、同席している人の皿の状況を把握しなければならない。でもやがて肉だけではなく、飲み物が無ければそれも気にするようになる。

こうなると同席した人の、肉や野菜の好みが自然と頭に叩き込まれる。またちゃっかり脂ののったいい肉を後回しにしておき、皆が飽き始めたころ自分がいただくという事も出来るようになった。

それでも肉を焼く方の人生は、損しているだけのようにしか思えなかった。そもそも誰も褒めてくれなかったし。

嫌で嫌で仕方がなかったのだけは今でも覚えている。


役職がついたが・・・

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やがて部下が出来た。やれやれやっとこれでワタクシの肉を焼く人生からも解放される。今度は肉を焼いてもらう側になるんだァ!とその時は思った。

しかしながら・・・。

部下は全く他人のために肉を焼かない人だった。そう、自分の事は自分でという人だったのだ。そのクールさには腹がたったが、彼のスジは通っていた。そもそも自分がやってたからと言って、負の歴史を後進に受け継ぐ必要は全くない。しかも彼はとても仕事が出来た。貴重な貴重な戦力だった。


ヲサーンはこれも時代の流れか・・と悟った。そこで彼に提案した。

基本は自分の事は自分でやりましょう。でもワタクシ以外の人が同席する時は、序列を気にする人も居るから、その時は最低限の気配りをしてほしいと。彼とはそこで折り合った。

今でも彼と一緒に焼肉をする事がある。基本はお互いセルフサービスだ。でも時々彼はワタクシの肉を焼いてくれる。・・・ヲサーンそれがちょっぴりうれしい♪


海外の仕事にて

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やがてワタクシは、アジア地区の中国勤務になった。現地ではワタクシがお客さん側だったが、それでも自然に肉を焼く方に回っていた。

当初、そんな日本人は居ないとビックリされた。しかしいくら仕入先とはいえ、あちらの社長さんはワタクシよりも年配の、それもプライドの高い方々だ。

だから気持ちを込めてやっていると、最後には喜んでくれた。しかし客が肉を焼くのには頑として抵抗のある人もいた。

だからその場合は、自分が焼いたら次にトングを渡して「私にもお願い」と言った。そうすると喜んで焼いてくれるようになった。

もうこの頃には、自分で肉を焼く方に回るのが気にならなくなった。

今思えばお互いを認め、感謝の気持ちを共有したという事なのだろう。・・・たかが肉を焼く事なのだけれども。


帰国してから

今では肉を焼いてあげるのが好きになった。年配の人皆がそうではないだろうが、ヲサーンは寂しがりで構ってほしいのだ。

誰かの役に立ちたい。たかが肉を焼くだけの事だがそう思えるようになった。また喜んでくれるとうれしいのだ。


しかし若い頃はただ嫌だった。何故だろう?自分に何のメリットも感じなかったし、そもそも誰も認めてくれなかったからだ。

今それがもったいないなぁと思う。もしこれが肉を焼く話ではなく、仕事そのものだったらどうだろう?

誰かがやらねばならない。その誰かに対し、感謝と適正な評価を忘れなければ、やった本人が嫌になる事はない。モチベーションを高め、更にいい仕事をするだろう。


だけど嫌なものは当然続けられなくなる。最初の会社をワタクシが辞めてしまったように。

ワタクシは相変わらず肉を焼く側の人間だが、もし誰かワタクシの代わりに肉を焼いてくれる人がいたら、精一杯の感謝を伝えたいと思っている。


現在のワタクシはこの状況だ。


シメのひとこと

ちなみに、ひとりカラオケはするけど、ひとり焼肉はしません!!


それでは本日はここまで。
皆様、良い焼き肉ををを!!