ヲサーンがコスしてカラオケとかw

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 ヲサーンがコスしてカラオケとかw

コスプレしてカラオケで歌っているヲサーンです。

一生懸命作った製品をコンテナごと中国税関に没収された話

おさっぴろ。 仕事全般

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レッツ、中国製造!
おさっぴろでぇす。


昔、ワタクシは中国に駐在していた。
当時は現地でモノ作りの仕事をしていたのだが、今回は一生懸命作った製品を税関に没収された話を書く。


概要

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製品は、あえて言うなら手のひらサイズのプラスチック製品だ。

それにはお客様が所有する表記があり、それを忠実に再現しないといけなかった。だから量産する前に、お客様にサンプルを送って確認をしてもらった。そこをクリアしてから量産になる流れだった。


そしてワタクシが作っていた製品は、とにかく注文が厳しかった。

とは言え中国工場の練度不足もあり、いつまで経ってもお客様の承認が取れなかった。サンプルを送っては、修正指示が入ったそれを戻される日々だった。しかも種類がたくさんあったので、それらを見ているだけで「これ終わるのか!?」と気が遠くなったものだ。


やがて日数がじわじわと無くなっていく。

量産開始のリミットが過ぎると、工場のスタッフが大騒ぎする。「もう間に合わないヨ!ダメダヨ!!」(←実際はこんな風にしゃべらないけどイメージねw)の一点張り。

「そんな事言うなら、合格のとれる製品を作ってよ!」と言っても右から左。間に挟まれ、ワタクシの胃はきりきりと痛んだ。

ちなみにこの仕事。お客様との納期は絶対で、変更が効かない前提であった。


残業が続く

リミットを数日過ぎて、ようやく量産開始となった。

本来は残業無しのスケジュールだったが、もはや猶予が無い。連日現場は残業となった。工場は自分の不手際は棚上げで、ふてぶてしく追加料金を要求してきた。心底あきれたが、これが中国ビジネスとも言えた。


また量産開始となっても「じゃ、後はヨロシク」と任せられないところが、現地管理のツライところだ。過去にそれをやって、出来た製品が最悪だったのを何度も経験しているからだ。


こうしてワタクシも、連日残業で現場の巡回をした。

いくらサンプルの出来が良くても、量産になると色々な問題が浮上するもの。そのたび工場の担当からは、昼でも夜でもケータイに電話がかかってくる。だから実際、現場に居た方が気が楽だった。


ちょっと話は変わるが、工場スタッフは残業する時、夕方から少し長めの休憩をとる。ここで晩飯を食べてしまって深夜まで働くのだ。

しかしワタクシは、晩飯を食べると酒が吞みたくなる。だから仕事が終わるまで食べなかった。同じように食べないスタッフが居たので、一緒に深夜まで働いた。そして空腹を通り越した状態で仕事を終え、帰りの屋台でビールを飲んでため息をつく。これが日課になった(深夜は屋台しか空いてないのだw)


事件

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こんな状態が連日続いた。そんな矢先に事件は起こった。

製品は、コンテナに載せて船で日本に運ぶ。港の場所にもよるが、だいたい3日から1週間ほどで、日本に到着となる。しかしコンテナを船に載せるには、中国の税関を通さなければならない。それもコンテナの内容を詳細に記した書類を添える必要があった。


ある日の深夜、いきなり工場のスタッフに言われた。明日船に載せる製品ですが、書類通りの数量に達しません・・・と。


時間は既に深夜の0時を過ぎている。

明日の朝にはコンテナを税関に送らねばならない。納期が無く、見込みで書類を発行したのが仇になった。とは言え順調にいけばクリア出来る数字だったが、不良やトラブルが続けばそれに達しない。難しいところであった。


それでもいつものワタクシならば、ここを冷静に判断しただろう。
船に載せる事をあきらめれば、航空便を使わねばならない。ちなみに船の輸送費と、航空便の輸送費は数倍の差があり、ここを誤れば利益がガリガリと削られていく。

しかし船は翌日の便もあった。一日遅れはするものの、期日に全数を納める契約ではない。だから最低数量だけ航空便を使っていれば、被害は最小限にくい止められたはずだ。


しかしながら、ああ・・この時は!この時だけは判断を誤ってしまった。

製品の数を水増ししましょう、と工場の担当から進言された。つまり箱の数は書類通りに帳尻を合わせ、中身は原料など製品以外のものを入れるやり方だ。現在の税関にはコンテナや箱の中身まで透視出来るシステムがあるらしい。しかし当時はそんな話を聞いた事は無く、かつ水増しは工場で時折実施していた。


だが、判断するのはワタクシの役割だった。ノーと言えば船のキャンセルやら、航空便の手配やら面倒な事も多い。かつ、これさえ抜ければ全てが終わると思ってしまうと、判断力が鈍った。

という訳でワタクシは水増しを選択し、コンテナを載せたトラックを見送った。既に空は白みかけており、ワタクシはただ疲れ切って宿に帰って寝た。


悪夢の電話

ケータイの着信で叩き起こされ、コンテナが税関で捕まった旨の連絡を聞いた。

工場の担当も声がうわずっており、ワタクシも青ざめた。
とるものも取らず、すぐに工場に取って返した。既に社長も出勤しており、その場で対策会議をした。


こちらの税関は日本とは勝手が違う。ああしろこうしろと言ったかと思えば、袖の下ひとつで解決する事もある。とにかく摩訶不思議な世界なのだ。とは言え、コンテナを取り返さないと、ワタクシの首が飛ぶだけでは済まない。大事なお客様に迷惑がかかるのである。


時差があるので、時計を確認し社に報告の電話を入れた。ワタクシにも一応上司が居たが、今回の話には終始登場しない。賢明なはてなの読者様ならば、この上司がどういう人かは想像出来ると思う。

案の定、上司はこの日休みとの事だった。しかし緊急事態だったので専務に電話を入れた。一応の理解を得て「とにかく全力で対応してくれ」という話で終わった。


こうして工場の社長には税関へ飛んでもらった。

彼が言うには「ドライバーだけで税関に行かせなければよかった・・・誰か同行させて袖の下を渡せるようにしておけば大事にはならなかったかも」との事だった。

ワタクシも同行するつもりだったが、少人数の方が良いとの意見により、工場で社長の帰りを待った。



停滞

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昼前に社長から電話があった。

税関の担当と話は出来たが、ルール違反なのですぐにはコンテナは返せない、今はそれしか言えないとの事だった。


最悪の事態になった。

既に現時点でも、一部を航空便で運ばねばならない状態だったが、もし全数を運ぶとなれば、利益が無くなるどころか大赤字だった。


それどころか、コンテナがいつ戻るかわからない。航空便の最終リミットはあと4日後だった。もし今日中に見通しがつかない場合どうするか?社長は税関に行ってしまったので、工場幹部達とそれについて話し合った。

しかし彼らの話はこうだ。費用は日本側が持つと先に決めてくれとの事だ。


当然の話だった。判断したのはワタクシだ。

しかしながら、元の遅れは工場側の原因もあり、担当からの水増し進言もあった。そこでワタクシは折半を提案したが折り合わなかった。この件を会社に報告すると「とりあえず今は相手の条件で受けて、後から交渉しなさい」との指示を受けた。

しかしそれは大甘だと思った。

相手は中国の工場だ。先払いしなければ仕事をしないのが常識だ。そんな中、後から返金に応じるなど聞いた事が無い。・・・ワタクシはこの時点でふともう全部投げ出して逃げちゃおうかなぁとすら思った。


夕方まで、工場の社長は税関で粘ったが、やはり結論は「見通しが立たない」だった。彼が戻ると、税関からの書類を見せてくれた。何やら難しい事が書いてあったが、差し止めになった事は事実だった。


ワタクシは悩んだ。
しかしお客様に迷惑をかける訳にはいかなかった。彼らはワタクシの会社を信じて仕事をくれたのだ。だから決断した。

あと3日で全数を作り直す事を。


地獄

ワタクシは工場に、全額を当方で負担する旨を告げた。支払い条件が決まれば、彼らはすんなり動いた。

とは言え連日徹夜だ。工場のスタッフには明らかに不満の声をあげる者も居た。


ワタクシもこの3日間は、生涯で忘れられない日々となった。
とにかくあちこち動き回り、皆を元気づけ、奮い立たせ、日本とも密に連絡を取り、後先の事を考えないでただ集中した。


とは言え生産ラインに流れてくる、あきらかにイマイチな製品を見る度に、出来る限り手直しをさせた。これまで必死に守ってきたクオリティを、一瞬の判断ミスで緩めてしまう事を思うと、死んでも死にきれない思いだった。工場からは「いい加減にしろ!」と都度言われたが、出来る限りそこだけは粘った。


こうして3日間、ほぼ完徹した。
最後の日の深夜、あまりの疲労で夜食のチャーハンがひと口も食べられなかった。

翌朝、トラックに積まれて出発する製品を見送った後、ワタクシはその場に座り込んでしまった。スタッフに抱えられるようにしてなんとか立ち上がり、宿に帰って泥のように眠った。


後始末

しかしこれでは終わらない。当然後日談がある。


まず製品のクオリティ。

頑張ったが、当初の製品よりクオリティは落ちた。そのため担当者からは呼び出しを受けた。ワタクシはいったん帰国し謝罪に出向いた。担当からはいろいろな落ち度を責められた。責任がある以上、それはあるがまま受け入れ必死にお詫びをした。


その後、このお客からの仕事は途絶えた。数年後、ワタクシは駐在が切れて帰国したが、それからせっせとこのお客様に通った。この対応が良かったのか、その後改めて仕事がいただけるようになった。担当さんは既に出世して偉くなってしまったが、酒を呑むと「あの時は大変だったよねぇ」と冗談交じりに言われた。・・・しかし真実は決して言えない。


次に中国工場の対応だ。

まず当初の支払いは、約束通り全額払った。
しかし不幸中の幸いで、この時は次の案件、更に次の案件と工場への発注が続いていた。ワタクシはそこを粘り強く交渉し値引きを続けた。そのため社長とは何度もケンカをし「お前を日本に帰れなくしてやる!パスポートを寄こせ!!」とまで言われた。結局数年かけて、当初の利益までは確保出来なかったけれど、最低限の穴埋めはした。


事件が起こった当時は「クビかなぁ・・・」と思っていたけれど、目の前の事を必死でやったので、とりあえず今でも生き残っている。

しかし会社の個人任せ体質は今でも変わらず、それについては大きな不満を持っている。


コンテナ

そして肝心のコンテナであったが、何と1か月も税関に留保されていた。

戻された時、製品が売れればよかったのだけれど、お客様には言えないし既に需要も無くなっていた。そのため結局、廃棄するしかなかった。

とは言え中国は製品横流しの恐れがあり、廃棄ひとつとっても業者丸投げはまずい。・・という訳でワタクシの立ち合いのもと、製品は中国の片隅でひっそりと廃棄された。目の前で粉砕されていくそれを見た時、何とも悲しい気持ちになった。


シメのひとこと

話は以上だ。

今回の記事は、書いていてとても辛かった。・・・自信の失敗談を書くのはつらいものだね。

皆様はとても希少な話かと思うかもしれない。しかし中国ではこんな話はあちこちに転がっている。

しかし厳しい結果になっても、その後の対応次第で浮かび上がるチャンスはあるんだという事を伝えたかった。

ヲサーンの思い出話に付き合ってくれてありがとう。


という訳で今回はここまで。
皆様、良いビジネスををを!!