ヲサーンがコスしてカラオケとかw

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 ヲサーンがコスしてカラオケとかw

コスプレしてカラオケで歌っているヲサーンです。

いつかふるさとに帰るために書いておく。

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夜の森の故郷

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レッツ、ふるさとの話。
おさっぴろでぇす。

子供の頃、とある沿岸の田舎町ですごした。そこの駅の名前は「夜の森」と言った。小説に出てきそうな名前だが、実名だ。

駅前には喫茶店と酒屋しかなく、事実過疎っていた。道をまっすぐ行くと、桜が綺麗な大きな公園があり、ここだけがちょっとした名所だった。

駅前がこうだから、周辺はもう山ばかりで、夜になればあたりは真っ暗になった。なるほど夜の森だな、と子供心に思ったものだった。


海へ行き、夕日を見た

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けれども昼の空はいつも澄み渡っていたし、山道を歩いてのどが渇けば、澄んだ川の水を飲んでいた。中学生くらいまでの遊びは、昆虫をとったり、川で魚を釣ったりした。

高校生になると、海に泳ぎにいったが、そこまでのバスや電車が無かったので、友人と自転車を10kmも漕いで海まで行った。それで全力で泳いで、帰り道も同じ距離を漕ぐのだ。

そのとき、山間に沈む夕日にいつも見とれた。それは途轍もなく大きく赤く、ぼうっと周囲を包み込む夕日だったな。

気づいたら友人も同じように、夕日に見とれていたっけ。それで二人して「マヌケな顔だなァ」と、顔を見合わせて笑った。家に帰るともうヘトヘトだったが、夕日の記憶はいつまでも残った。


女人禁制のほこら

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(イメージです)

高校3年の春、男女数名で探検をした。女人禁制のほこらというのが、地元にあったのだ。

山道の入り口に、伝説が書かれた立て看板があった。頂上にほこらがあるのだが、女子が登ると神の怒りに触れ、石になって転げ落ちると言う伝説だ。

確かに、立て看板の周辺には、奇妙な形をした石がごろごろと転がっていた。とはいえ、身近な人が石になった話は聞いた事が無い。所詮伝説だ。

そんな訳で、ワタクシは一緒に居た女の子と登った。行きは順調だったが、帰り道の石段で、その子が転んで足を擦りむいた。

彼女は足をばたつかせて「石になって動けなくなったァ!」と叫んだ。ワタクシは彼女に手を差し出した。普段強気な彼女だったが、この時は健気に手をつないでくれた。「かわいいな」と思った。

彼女は立ち上がったが、どうやら歩けなさそうだ。そのためワタクシは彼女を背負った。あと少しだったが、慎重に一段づつ降りた。彼女はしおらしく背負われていた。この時、友人に過ぎなかった彼女を、はじめて好きかも、と思った。

石段を降りると、ワタクシは汗まみれになっていた。そんなワタクシに対し、彼女は「ありがとう」と言ってくれた。

けれども結局、好きだと言い出せないまま彼女とは終わった。勇気がなかったのだ。海で夕日を見た友人も一緒だったが「もったいないな」と冷やかされた。


上京する・・・その後

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ワタクシは卒業後、上京した。

それでも毎年里帰りをしていたが、のちに父が会社を辞め、都会に引っ越した。そのため、ワタクシの帰る田舎は無くなった。

地元に残った友人も、年をとって親父になっていたが、いずれ会おうなという連絡は取っていた。
足を擦りむいた彼女は、結婚して県外に越したとだけ聞いた。

それからしばらく経ち、ワタクシのふるさとを揺るがす出来事が起こった。

そう、東日本大震災だ。


原発のとなり街がワタクシの故郷

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ワタクシの住んでいた夜の森は、福島原発のあった富岡町の隣町だ。

津波で流された富岡町に比べて、小高い場所にあった夜の森は、津波の影響こそ聞かなかったが、原発のすぐそばだったので、人が住めなくなった。

関東に避難して来た友人とは、その後何度も会い、一緒に酒を飲んで話を聞いた。元気になってもらいたかったのだ。

しかし、彼の表情が心から明るくなる事は無かった。彼は住むところも、職も手放す事になったのだ。子供の頃は、一緒に海へ行き夕日を眺めたり、ほこらに登った仲間だったのに・・・。

その友人から、ほこらで足を擦りむいた彼女の事を聞いた。

彼女は宮城県に引っ越して、津波で亡くなったらしい。それを聞いた時、思わず涙が出た。何事も無く暮らしているワタクシが居る。家や職を失った友人が居る。しかし彼女は、命を落としたのだ。かけがえのない命を。

あの時「好きです」と言えば良かったな。それで何かが変わる訳じゃないけれど。ワタクシにも、もっと何か出来たんじゃないか?と思うと、涙が止まらなくなった。

人が簡単に死ぬという事がそら恐ろしく、ひょんな事でそれが決まるのが、また恐ろしかった。

泣き出したワタクシを、友人は逆に気遣ってくれた。自分も家や職を失ったというのに。仲間っていいな。生きて仲間で居てくれてありがとう、と心から思った。


忘れてはいけない

二年くらい前、Googleストリートビューで、自分の家があったところを見た。

一番驚いたのは、あちこちの道路から草が生えていた事だ。思わず絶句した。ワタクシが住んでいた家は、原発から10km圏内だ。長らく立ち入り禁止地区であった事は知っていた。

それでも、アスファルト舗装された道路から草が生えるなんて、どれだけ人や車の行き来が無かったのだろう、と思った。

避難した友人は、いずれふるさとの家に帰るんだと言っていた。彼の家の周囲も草ぼうぼうだった。それでも彼は、きっとやり遂げるだろう。家の前の草を刈り取るところからはじめて、仕事も生活も取り戻すと信じる。

ワタクシはどうだ?

実家はもうそこにはない。それでもいつか、自分の住んでいた家を、自身の目で見に行こうと思っている。既に親はそこに居なくても、ふるさとを忘れてはいけないのだ。そう思っている。


シメのひとこと

今回は、自分自身がいつかふるさとに帰ろうと意味を込めて、記事を書いた。あなた様にふるさとはありますか?今でも帰ることは出来ますか?

と言う訳で今回はここまで。
皆様、良い里帰りををを!